出雲大社といえば、日本屈指の縁結びの聖地。
でも実は、出雲の魅力はそれだけじゃありません。
神話が息づく神社、心を整えてくれる静かな美術館、そして自然と調和した美しい風景——。
一歩足を伸ばすだけで、感性がふっとほどけるような場所が点在しています。
ただ参拝するだけでなく、その土地全体を感じることで、旅の深さはぐっと変わります。
神話が今も息づくような静けさ、自然と人の営みが溶け合う景色、そして感性がふっと開く瞬間。
出雲を訪れるなら、少し足をのばして「自分の内側が整う場所」にも立ち寄ってほしい。
この土地には、お願いごとをするためだけでなく、心をゆるめ、流れを整えるためのスポットが点在しています。
この記事では、出雲大社とあわせて巡ることで、旅の満足度が何倍にもなるおすすめの場所を、ランキング形式でご紹介します。
1位|須佐神社(すさのじんじゃ)

写真:筆者撮影
強さと静けさ、そして“説明できない何か”が宿る場所
出雲大社から車で少し山あいへ入った場所に鎮座する須佐神社。
観光地としての派手さはないけれど、「ここは空気が違う」と感じる人が多い、出雲でも特別な存在の神社です。
御祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)。
日本神話では荒ぶる神として知られていますが、一方で国を整え、人々の暮らしを守った存在でもあります。須佐神社は、その須佐之男命がこの地を終焉の地として選び、自らの御魂を鎮めた場所と伝えられています。
境内は深い森に囲まれ、人工的な音がほとんどありません。
鳥の声や風の音が自然に耳に入ってくる環境は、意識せずとも気持ちが落ち着いていくような感覚を与えてくれます。神社というより、「信仰の場として守られてきた自然」と表現したほうが近いかもしれません。
須佐神社が古くから大切にされてきた理由のひとつが、境内や周辺に伝わる七不思議の存在です。
これらは奇跡や超常現象として語られてきたものではなく、自然現象や土地の特徴を、人々が長い時間をかけて意味づけし、伝承として残してきたものです。
樹齢は約千三百年を算える老杉もあり行く価値ありあり。
2位|島根県立美術館

出典:島根県立美術館公式HP
ロゴは田中一光、建築は菊竹清訓氏。自然環境との見事な調和な神秘的な場所。ここでは夕陽をぜひ堪能して!葛飾北斎の作品をじっくり味わいたい人にも、ぜひ訪れてほしい場所
そう1964年の東京オリンピックや1970年の大阪万博、そしてみんな大好き無印を手がけた田中一光。いや〜まさかの田中一光がロゴを作成してたとは。閉館ギリギリに間に合ったのも何かの運命だな。そして建築も凄まじく美しく目の前に海が広がり尋常じゃない風が吹き寒すぎて死ぬかと思ったけどそんなことも無視できるくらいの景色に見惚れました。景色だけではなく葛飾北斎の作品もすんごい数が展示されています。北斎好きな方は島根県立美術館はかなりおすすめしたい場所。代表作だけをさらっと並べる展示ではなく、北斎という絵師が生涯を通して何を追い続け、どんな線を引き、どんな世界を見ていたのかを、時間をかけて感じ取れる構成になっている。
波や富士山といった有名なモチーフだけではなく、デッサン力、構図の大胆さ、余白の美しさ、そして年齢を重ねるごとに研ぎ澄まされていく表現。その変遷を静かな空間で追いかけていく体験は、図録や画像では決して得られないもの。
「北斎ってすごいらしいよね」では終わらせたくない人、自分の感性で作品と向き合いたい人にとって、この美術館は“観光地”というより“対話の場”に近い。北斎を好きになる、というより、北斎と向き合う。その入口として、ここはとてもいい場所だと思う。あと、ここでしか撮れない“北斎フレーム”の写真も撮れるよ。どんなの?って思った人は、ぜひ現地で試してみて!
3位|足立美術館

写真:筆者撮影
ミシュラン三つ星の庭園。
世界が認める日本一の「日本庭園」
島根県安来市にある足立美術館は、5万坪もある日本庭園で知られている。
名前は前から聞いていたし、「すごい庭らしい」というイメージはあったけれど、実際に訪れてみると、その想像を軽く超えてきた。
この庭園は「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で最高評価の三つ星を、なんと21年連続で獲得していて、山陰地方では唯一の存在。
日本国内だけでなく、海外からの評価もとても高いそうで、その実績だけを見ると少し身構えてしまいそうになる。
さらに、アメリカの専門誌でも22年連続で「日本一の庭園」に選ばれているとのこと。
四季によって表情を変える庭園は「生きた日本画」とも呼ばれていて、正直その言葉も最初は少し大げさなんじゃないかと思っていた。
でも、実際に目の前に立ってみると、「あ、これはそう呼ばれるよね」とすぐに腑に落ちる。
庭はとにかく計算され尽くしているのに、不思議と作られた感じがしない。
特に驚いたのが、人工で、しかも少し離れた先の山にまで滝をつくってしまっているところ。
え、そんなことある?と思わず声が出そうになった。
自然に見せるために、そこまでやる?という、もはや強引とも言えるこだわり。
でもその“やりすぎ感”が、逆にこの庭園の迫力を生んでいる気がした。
写真で見るより、実物はずっと静かで、そしてずっと深い。
派手に「すごい!」と主張してくるわけじゃないのに、ただ眺めているだけで、時間の流れがゆっくりになる。
気づいたら同じ場所にしばらく立ち尽くしていて、何も考えていないのに、頭の中だけが整っていく感じがあった。
世界中から評価される理由も、見終わるころには「そりゃそうだよね」としか言えなくなっていた。
足立美術館というと庭園の印象がとても強いけれど、個人的にもうひとつ心に残ったのが、陶芸のコレクション。
中でも北大路魯山人の作品がとてもよかった。
器ひとつひとつにしっかり存在感があって、ただ美しく飾られている作品というより、「使われること」を前提に生まれた美しさを感じる。
形も色も決まりきっていなくて、少し歪んでいたり、ラフだったりするところが、逆にすごくかっこいい。
完璧じゃないのに、ちゃんと美しい。そのバランスがとにかく心地よかった。
魯山人の器を見ていると、不思議と料理や暮らしの風景まで想像が広がってくる。
この器にはどんな料理が盛られていたんだろう、とか、
どんな人がこれを手に取って、どんな会話をしながら食事をしていたんだろう、とか。
美術品というより、生活の延長線にあるものとして、自然と目に入ってくる感じがした。
あとで魯山人が料理人でもあったと知って、
「あ〜、そういうことだよね」と首がもげるほど納得。
器と料理、暮らしまで含めてひとつの表現だったんだと思うと、見え方が一気に変わった。
庭の静けさと、魯山人の器がもつ力強さ。
その両方を一度に味わえるのが、足立美術館の贅沢なところ。
庭園だけを見て帰るのは、正直もったいない。
時間に余裕があるなら、ぜひ陶芸コレクションまでじっくり見てほしい。
きっと、想像していた足立美術館とは、少し違う印象を持って帰ることになると思う。
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